まえがき テキストエディタは、開発者にとって最も身近で、最も触れている時間が長い道具のひとつです。機能が豊富であることはもちろんのこと、使っていて疲れない操作感、余計なストレスを生まない安定性、そして自分の作業スタイルに静かに寄り添ってくれる柔軟性が求められます。近年では無料でありながら、プロの現場でもそのまま使えるほどに高機能なエディタが多く登場し、選択肢は大きく広がりました。
本稿では、WindowsおよびmacOSの双方で利用できる10種類の無料テキストエディタを取り上げ、それぞれの歴史、特徴、得意分野、向いている用途について丁寧に解説します。読者として想定しているのは、プログラミングをはじめたばかりの方から中級者、そして日々の開発業務により適した環境を探している方々です。エディタ選びの一助としていただければ幸いです。
Visual Studio Code(VS Code) ホームページURL https://code.visualstudio.com/ 歴史 Visual Studio Codeは2015年にMicrosoftから登場し、わずか数年で世界のエディタ市場を席巻した稀有な存在です。オープンソースとして開発が進められ、拡張機能ストアの充実やGitHubとの連携強化などを背景に急速に普及しました。今では世界中の開発者アンケートで最も利用率が高いエディタとして定着しています。特徴 Visual Studio Codeの最大の魅力は、軽量エディタでありながらIDE並みの強力な機能を持っている点にあります。コア部分は非常に軽く動作し、必要に応じて拡張機能を追加してエディタを自分好みに強化できます。JavaScript/TypeScriptはもちろん、Python・Go・Rust・PHPなど、多彩な言語に対応した拡張機能が揃い、Lint、Formatter、デバッガ、テストランナーなど開発環境を丸ごと統合できます。また、Git操作が標準搭載されており、コミット・プッシュ・差分確認・ブランチ管理がすべてエディタ内で完結します さらに、Remote Development機能によりSSHリモート接続、WSLとの連携、Dockerコンテナ内での作業もスムーズに行えます。大型プロジェクトでもインテリセンスが高速に動作し、シンタックスハイライトだけでなく高度な補完が可能です。テーマ・フォント・UIカスタマイズの自由度も非常に高く、作業環境を完全に自分仕様へ調整できる拡張性も魅力です。ライブ共有機能(Live Share)を使えば、離れた場所の開発者とリアルタイムにペアプログラミングが可能で、教育現場やチーム開発でも高い支持を受けています。どんな使用に適しているか? Web開発・バックエンド・インフラ構築・データ分析などほぼ全ての領域に適しています。IDEとエディタの中間的な立ち位置で、軽さと高機能の両方を求めるエンジニアに最適です。メリット デメリット 拡張性が非常に高い 拡張を入れすぎると重くなる リモート開発に強い 初期設定が複雑に感じることがある Gitと自然に連携 機能が多すぎて迷う場面がある
メリット・デメリット表
Visual Studio Code - Code Editing. Redefined
Visual Studio Code redefines AI-powered coding with GitHub Copilot for building and debugging modern web and cloud appli...
Sublime Text ホームページURL https://www.sublimetext.com/ 歴史 Sublime Textは2008年頃に登場し、軽快さと美しいUIから瞬く間に開発者の間で人気となりました。試用期間が事実上無期限で、実質無料で使い続けられることも普及を後押しし、長く愛されてきたエディタです。特徴 Sublime Textの特徴は、その軽さと反応の良さにあります。どれほど大きなファイルでも一瞬で開き、スクロールしても引っかかりを感じることがありません。入力の追従性も優れており、まるでメモ帳を使うかのような軽快さでコードを書くことができます。画面上部には「ミニマップ」というファイル全体の俯瞰を表示するユニークなUIがあり、大規模なファイルでも位置関係をつかみやすくなっています。 拡張機能の仕組みも整っており、「Package Control」を使ってライブラリやテーマを管理できます。VS Codeと比べると拡張機能の種類は少なめですが、動作の軽さが保たれている点は大きな魅力です。ショートカット操作が強力で、マルチカーソルや矩形選択などの高度な編集もストレスなく使えます。また、キーバインドを含む設定をJSON形式で調整できるため、細かな動作まで自分好みにカスタマイズできます。 UIデザインも美しく、視認性の良いフォントレンダリングや余白のバランスが整えられているため、長時間のコーディングでも疲れにくい作りになっています。コード補完やシンタックスハイライトも標準で高品質で、静かに使い続けられる安定したエディタです。どのような使用に適しているか? 軽さやスピードを第一に考えたい人、大規模ファイルを頻繁に扱う人に特に向いています。メリット デメリット 非常に軽い 拡張機能が少なめ UIが美しい 高度なIDE的作業には不向き 動作が安定 日本語IMEでの不具合が報告されることも
メリット・デメリット表
Sublime Text - the sophisticated text editor for code, markup and prose
Available on Mac, Windows and Linux
Atom(最終版の紹介として) ホームページURL https://github.com/atom/atom 歴史 2014年にGitHubが開発したエディタで、「ハッカブルエディタ」と呼ばれるほど拡張性の高い設計が話題となりました。2022年に開発は終了しましたが、歴史的意義が大きいため本稿では紹介対象としています。特徴 Atomは、ユーザー自身がエディタを自由に改造できる思想のもとに作られたエディタです。内部構造がHTML、CSS、JavaScriptで作られているため、Web開発者にとっては非常に親しみやすく、UIの変更や独自機能の追加が容易でした。また、GitHubが開発していたこともあり、Gitとの統合がスムーズで、PushやPull、差分閲覧などをエディタ内で実行できる環境が整っていました。 柔らかい色合いのUIは視認性が高く、初心者にとっても扱いやすい入門的な雰囲気がありました。パッケージの追加により、IDEのような機能を持たせたり、ライブプレビューを使ってWebデザインを確認したりと、多彩なワークフローを構築できます。 現在は開発が終了し更新されませんが、学習用途や軽いコーディング作業、HTML/CSSの編集などでは今でも十分に利用可能です。VS Codeの普及の背景には、Atomが築いたオープンなエディタ文化があるともいえるため、歴史的な役割は非常に大きかったと言えます。どのような使用に適しているか? 学習用途や軽いWeb開発、UIを改造しながら楽しみたい方に適しています。メリット デメリット UIが柔らかく初心者向け 開発終了している カスタマイズ性が非常に高い 重さを感じる場面がある GitHubとの相性が良い セキュリティアップデートがない
メリット・デメリット表
GitHub - atom/atom: :atom: The hackable text editor
:atom: The hackable text editor. Contribute to atom/atom development by creating an account on GitHub.
Notepad++ ホームページURL https://notepad-plus-plus.org/ 歴史 2003年の登場以来、Windowsユーザーの定番エディタとして長く愛されています。オープンソースで軽量なため、企業環境でも利用され、累計ダウンロード数は非常に多いエディタです。特徴 Notepad++は、Windows向けに特化して開発されており、動作の軽さ、起動の速さ、豊富なプラグインが魅力です。メモ帳のようなシンプルさを保ちながら、シンタックスハイライト、コード折りたたみ、マルチタブ編集など、開発に必要な機能を最初から備えています。UIは長年変わらず、古めのWindowsアプリに近い見た目ですが、初めて触る人でも瞬時に使えるわかりやすさがあります。 プラグイン管理も充実しており、FTP接続、HEX編集、マクロ録画、比較ツールなど、多彩な機能を追加して用途に合わせた環境を作ることができます。正規表現の置換機能が特に強力で、大量のファイルを一括処理したり、ログ編集やデータ整形にもよく利用されます。日本語環境との相性もよく、IME入力の問題もほとんどありません。 一方でMac版は公式に提供されていないため、Windowsユーザー限定のエディタとなります。ただし、Windows環境で長年利用され続けている理由は安定性と軽さにあり、ちょっとした編集作業から日常の開発まで幅広く使える安心感があります。どのような使用に適しているか? Windowsをメインに使っているエンジニアで、軽くてシンプルなエディタを求める方に最適です。メリット デメリット とても軽い Macでは利用できない UIがシンプルで分かりやすい 現代的なIDE機能は弱い プラグインで拡張可能 見た目がやや古い
メリット・デメリット表 CotEditor ホームページURL https://coteditor.com/ 歴史 CotEditorはmacOS向けに開発された日本発のエディタで、多くのMacユーザーに愛されています。最初のリリースは2004年頃に遡り、シンプルさと日本語環境への最適化で高く評価されています。特徴 CotEditorは、macOS標準アプリのような軽さとデザイン性を持ちながら、コード編集に必要な機能を過不足なく備えたエディタです。Apple製アプリのような自然な操作感と、日本語入力における快適さは特筆すべきポイントです。複数行にわたる検索・置換、正規表現を使った高度な編集、シンタックスハイライトの豊富な対応など、日常のテキスト操作に関して非常に高い利便性が確保されています。 また、テーマの美しさも魅力で、白背景・黒背景どちらも見やすく、長時間の作業でも目が疲れにくい配色が採用されています。コーディング用途だけでなく、Markdownの執筆やメモの整理にも活用できる柔軟性があります。機能の一つひとつが丁寧に作り込まれており、必要最低限のものに絞るのではなく「あると嬉しい」が上品にまとめられた印象です。 大規模な開発環境の構築よりも、日常のコード編集やドキュメント作成に重点を置いた設計になっており、Macの哲学に寄り添った軽快な動作は非常に快適です。日本語処理能力も高く、文章とコードの両方を扱うユーザーには特に向いています。どのような使用に適しているか? Macユーザーで、軽さと美しいUIを求める方に最適です。日常のスクリプト編集や文章作成にも向いています。メリット デメリット 日本語入力との相性が良い Windowsは非対応 UIが美しく軽い IDE的作業には不向き 基本機能が充実 拡張機能は少なめ
メリット・デメリット表
CotEditor
Text Editor for macOS
Vim ホームページURL https://www.vim.org/ 歴史 Vimは1991年に登場し、viエディタを改良して作られました。UNIX文化と共に育ち、開発者コミュニティで30年以上愛され続ける伝説的なエディタです。特徴 Vimはモードベースのエディタであり、挿入モード、ノーマルモード、ビジュアルモードといった操作体系によって効率的な編集を可能にしています。慣れるまでは戸惑いがありますが、一度身体で覚えてしまうと、マウス操作を必要とせず指先だけで高速に編集できるようになるため、非常に生産的な作業が可能になります。 最大の魅力は、その軽さとカスタマイズ性、そしてどこでも動く普遍性にあります。リモートサーバ、Dockerコンテナ、古い環境など、GUIがない場所でも快適に動作するため、インフラエンジニアやサーバ管理者にとって強力な武器となります。プラグインによる拡張も豊富で、NERDTree、fzf、LSPサポートなど、IDEに匹敵する環境を整えることもできます。 Vimは単なるエディタではなく、ひとつの文化ともいえる存在です。ショートカットの奥深さ、設定の自由度、そして長年にわたって受け継がれてきた操作体系は、学ぶ価値があると多くの開発者から支持されています。初心者にはやや敷居が高いものの、学習過程で得られるメリットは大きく、テキスト編集全般の効率が一段上がる感覚を味わえるでしょう。どのような使用に適しているか? サーバ作業が多い人、キーボード主体の開発スタイルを身につけたい人に向いています。メリット デメリット 圧倒的に軽い 習得に時間がかかる OSを問わずどこでも動く 初心者は挫折しやすい 高度にカスタマイズ可能 GUIエディタのような直感性は低い
メリット・デメリット表
welcome home : vim online
Brackets ホームページURL https://brackets.io/ 歴史 Adobeが中心となって開発したエディタで、Webデザインやフロントエンド開発に特化していました。VS Codeの登場により影が薄れましたが、今なお愛用者は多いエディタです。特徴 Bracketsは、フロントエンド開発者に向けて設計され、HTML、CSS、JavaScriptの編集に適したエディタとして知られています。最大の特徴はライブプレビュー機能で、編集した内容がブラウザにリアルタイムで反映される仕組みを備えています。このため、スタイル調整やUI/UXの確認が非常にスムーズで、コーディングと確認を往復する手間が大幅に省かれます。 UIはシンプルで見やすく、初心者でも扱いやすい構成になっています。拡張機能も存在し、テーマ変更や自動補完の強化などの機能を追加できます。純粋にWeb制作のためだけに道具をまとめたような作りになっているため、複雑な開発作業には向きませんが、逆に言えば余分な要素が少なく、Webデザインの作業にはちょうど良い環境が整っています。 軽量で起動も速く、CSS編集に特化したクイック編集機能など、作業をスピードアップする工夫も随所に見られます。ちょっとした修正や個人制作のWebサイトの編集などに使うと、必要な機能にすぐ手が届くバランスの良いエディタです。どのような使用に適しているか? HTML/CSSを中心としたWeb制作、静的サイトの編集、デザインの調整に適しています。メリット デメリット ライブプレビューが強力 大規模開発には不向き UIが初心者に優しい 開発終了の影響あり Web制作用途に特化 汎用性は弱い
メリット・デメリット表
A modern, open source code editor that understands web design
Brackets is a lightweight, yet powerful, modern text editor. We blend visual tools into the editor so you get the right ...
TextMate ホームページURL https://macromates.com/ 歴史 TextMateは2004年にMac専用のエディタとして誕生し、軽快さとカスタマイズ性の高さで多くの開発者に支持されました。特にRubyコミュニティで長く愛され、Macのクラシックな開発ツールのひとつとして知られています。特徴 TextMateはMacらしい美しいUIと軽快な操作性が特徴で、直感的に扱えるシンプルさと高度な機能が両立したエディタです。「スニペット」機能が非常に強力で、短いトリガーを入力すると複雑なコードテンプレートを一瞬で挿入できます。これにより、定型的なコーディングや繰り返し作業を効率化できます。 プロジェクト管理も洗練されており、フォルダをそのままワークスペースとして開くことで直感的にファイル操作ができます。各種プログラミング言語に対応したバンドル(Bundle)と呼ばれる拡張機能も豊富で、必要なシンタックスハイライトやスニペットをすぐに追加できます。 見た目は控えめですが、内側には強力な編集能力が備わっており、Macユーザーが長く使い続けられるバランスの良さがあります。特にRuby、Python、Markdownなどのテキストベースの作業との相性が抜群です。どのような使用に適しているか? Macをメインに使い、軽量でスニペット作成を多用するユーザーに向いています。メリット デメリット スニペットが強力 Windowsでは使えない 美しいUI IDE的な統合環境ではない 軽量で高速 LSPなどは弱め
TextMate: Text editor for macOS
総評 10種類のエディタを振り返ると、それぞれが違った思想や歴史を持ちながら、異なる強みを発揮しています。万能性を求めるならVS Codeがもっとも幅広い用途に対応し、軽快な編集体験を重視するならSublime TextやNotepad++が安心感を与えてくれます。MacユーザーであればCotEditorやTextMateがシステムとの一体感を提供し、学習用途ではCodeRunnerが非常に役立つでしょう。VimやNeovimは習得コストこそ高いものの、身につければ圧倒的な生産性をもたらします。
重要なのは、目的や作業スタイルに合わせて最適なエディタを選ぶことです。長時間触れるツールだからこそ、手に馴染むものを選ぶことが開発の質を左右します。本稿があなたの開発体験をより快適なものへ導く手助けになれば幸いです。
エディタ名 軽さ 拡張性 初心者向け度 特徴 VS Code 中 非常に高い 高 IDE級の拡張性 Sublime Text 非常に軽い 中 中 反応の速い軽量エディタ Atom やや重い 高 高 UIが親しみやすい Notepad++ 非常に軽い 中 高 Windows特化の安定感 CotEditor 軽い 低 高 日本語に強いMacエディタ Vim 非常に軽い 非常に高い 低 モード式で高速操作 Brackets 軽い 中 高 Web制作用途に最適 TextMate 軽い中 中 スニペットが強力
比較表(選定しやすい一覧) あとがき テキストエディタは、使い込むほど自分だけの相棒のような存在になっていきます。ここで紹介した10本はいずれも無料で気軽に試せるものばかりです。機能性や軽快さ、見た目の印象、設定の自由度など、触れてみて初めて分かる部分も多いため、興味を持ったエディタがあれば実際に手を動かして確かめてみてください。
開発の世界は日々進化しており、ツールの選択肢も増え続けていますが、どんな時代でも自分に合った環境を作ることが快適な開発につながります。本稿がその第一歩となり、皆さまが心地よい開発体験に出会えることを願っています。
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