Part1:心理・構造編 ― なぜエンジニアは軽く扱ってしまうのか
エンジニアが個人情報を軽く扱ってしまう場面は、ほとんどの場合、悪意とは無縁です。
むしろ「ちゃんと仕事をしているつもり」「トラブルを防ごうとしている最中」に起きます。
この点を理解しないまま対策を考えても、根本的な改善にはつながりません。
なぜなら、問題の正体は「知識不足」や「倫理観の欠如」ではなく、エンジニアという職業に固有の思考構造にあるからです。
個人情報が「情報の一種」に見えてしまう瞬間
エンジニアは日常的に大量のデータを扱います。
数値、文字列、配列、ログ、JSON、CSV。
それらはすべて「処理対象」であり、「意味」を剥ぎ取られた状態で目に入ってきます。
このとき、個人情報も同列に並びます。
- メールアドレス → 文字列
- 氏名 → 文字列
- IPアドレス → 数値の集合
- 行動履歴 → ログ
意味ではなく、構造で見る癖が、エンジニアには染みついています。
この癖自体は、仕事を進めるうえで非常に重要です。
しかし同時に、「これは誰かの人生に紐づいている情報だ」という感覚を薄れさせます。
結果として、
「データとしては普通」
「よくある値」
という認識が先に立ち、慎重さが後回しになります。
「内部データだから大丈夫」という思考の正体
個人情報を軽く扱ってしまう理由として、非常に多いのがこの言葉です。
「社内のデータだから大丈夫」
「外に出さないから問題ない」
この思考には、二つの前提が含まれています。
一つ目は、内部=安全という思い込み。
二つ目は、未来も今と同じ状態が続くという無意識の前提です。
しかし実際には、
- 社内の定義は曖昧
- 人は入れ替わる
- 権限は変わる
- ツールは外部サービスと接続される
「今この瞬間に外部公開していない」ことと、「将来にわたって安全である」ことは、まったく別です。
エンジニアはシステムの状態を「今」で判断します。
一方、個人情報の問題は「時間軸」で評価されます。
この視点のズレが、判断を甘くします。
効率を優先する文化が生む盲点
エンジニアの現場では、効率は正義です。
- 再現性が高い
- 手戻りが少ない
- 早く原因に辿り着ける
この価値観は、品質を保つために不可欠です。
しかし、個人情報に関しては、効率の追求がそのままリスクになります。
たとえば、
- 本番データをそのまま使えば早い
- ログを全部出せば原因が分かる
- スクショを送れば説明が一瞬で済む
これらはすべて、合理的な判断です。
問題は、その合理性が「技術的合理性」に偏っている点です。
個人情報の世界では、
「なぜそうしたか」より
「そう見えるか」「説明できるか」
が問われます。
エンジニアが得意とする合理性と、個人情報が要求する合理性は、同じではありません。
「問題が起きていない」という最大の罠
多くのエンジニアは、次の言葉を心の中で繰り返します。
「これまで問題になったことはない」
この経験は、非常に強力です。
実際にトラブルが起きていなければ、「大丈夫だった」という成功体験になります。
しかし、個人情報の問題は「起きた瞬間に初めて可視化される」性質を持っています。
- 流出しても気づいていない
- 気づいたときには拡散している
- 誰がどこまで見たか分からない
つまり、「問題が起きていない」という状態は、
「問題が存在しない」ことの証明にはなりません。
それでも人は、経験に基づいて判断します。
この人間的な判断のクセが、リスクを積み上げていきます。
分業が生む「自分の責任ではない感覚」
現代の開発現場は、分業が進んでいます。
- 開発担当
- インフラ担当
- 運用担当
- 外注先
- 別チーム
その結果、個人情報に対して次のような思考が生まれやすくなります。
- 設計は別の人が決めた
- 権限管理はインフラの仕事
- データの中身までは見ていない
この状態では、「全体として安全かどうか」を考える主体が曖昧になります。
個人情報の問題は、
誰か一人の大きなミスではなく、
小さな判断の連鎖で起きます。
分業は必要ですが、分業が進むほど「誰も全体を見ていない」状態になりやすいのです。
エンジニアは「信頼されている」ことを忘れがち
個人情報を扱えるということ自体、
エンジニアが高い信頼を置かれている証拠です。
- ユーザーは中身を知らない
- 会社はアクセス権を与えている
- 社会は善意を前提としている
しかし、日常業務の中で、この「信頼されている立場」を意識する機会はほとんどありません。
権限は当たり前になり、
アクセスできることが日常になります。
この「慣れ」が、慎重さを削っていきます。
問題は意識ではなく構造にある
ここまで見てきたように、
エンジニアが個人情報を軽く扱ってしまう理由は、
- 悪意ではない
- 無知でもない
- モラルの欠如でもない
職業的思考と環境が生み出す構造的な問題です。
だからこそ、
「気をつけましょう」
「意識を高めましょう」
だけでは不十分です。
まずは、
なぜ自分がそう判断してしまうのか
を理解すること。
それが、次の一歩につながります。


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